オヤジたちの悪戦苦闘釣行日記を書くつもりだったが
なかなか釣行できないでいるので更新が不定期である。
状況打破のために、これから釣りを始めてみようを言う方
を対象にした記事も書き始めました。
プロフィール
HN:
kajika
年齢:
50
性別:
男性
誕生日:
1961/12/08
自己紹介:
たった2人しかいない
W.S.F.C(白石フィッシングクラブ)
所属
W.S.F.C(白石フィッシングクラブ)
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再び釣りとの出会いがあったのは仕事を持ってからだったんです。
小学6年生ともなると釣りの事より他に興味のある
事柄にでくわす。
結局、釣り遊びという行為はそこでストップしました。
それから釣りの事等全く頭にはなく部活に励んだ
6年間であったのです。
希望の仕事に就いてしばらして
『THEフィッシング』という番組の取材に同行する事になりました。
そう、私の仕事はTV番組制作関係。音声担当なんです。
これが忘れかけていた『釣り魂』?に火をつけたんですね~
まず、ロケにいく時はマイグッズでと、ダイワ製品を
買いあさりました。
ライフジャケット・磯ブーツ・帽子。
テスターさんやアドバイザーさんからいろいろ教えていただき
さらに釣りにはまっていったんですね。
そして今では『趣味は釣りです』と言えるようになりました。
(下手のなんとかですが・・・)
そんなこんなで北海道に渡ってきた時に
上物釣りがないと知り、愕然としていたらホッケがウキで
釣れるというではありませんか。
ホッケは根魚・・・のはず。なぜ???
答えは撒きエサ(コマセ)の使い方にありました。
魚を底から浮かせるためのコマセ。
なるほど、北海道には北海道の釣りがある。
そう思うとなんだかドップリという感じではまり込んで
しまっていましたね~。
サケのウキルアー釣りなんてへんてこな釣りもあるし・・・。
釣って美味しい魚ばかりだし。
今回は2回に渡って、釣りとの出会いを記事にしました。
機会があればまたエントリーします。

小学6年生ともなると釣りの事より他に興味のある
事柄にでくわす。
結局、釣り遊びという行為はそこでストップしました。
それから釣りの事等全く頭にはなく部活に励んだ
6年間であったのです。
希望の仕事に就いてしばらして
『THEフィッシング』という番組の取材に同行する事になりました。
そう、私の仕事はTV番組制作関係。音声担当なんです。
これが忘れかけていた『釣り魂』?に火をつけたんですね~
まず、ロケにいく時はマイグッズでと、ダイワ製品を
買いあさりました。
ライフジャケット・磯ブーツ・帽子。
テスターさんやアドバイザーさんからいろいろ教えていただき
さらに釣りにはまっていったんですね。
そして今では『趣味は釣りです』と言えるようになりました。
(下手のなんとかですが・・・)
そんなこんなで北海道に渡ってきた時に
上物釣りがないと知り、愕然としていたらホッケがウキで
釣れるというではありませんか。
ホッケは根魚・・・のはず。なぜ???
答えは撒きエサ(コマセ)の使い方にありました。
魚を底から浮かせるためのコマセ。
なるほど、北海道には北海道の釣りがある。
そう思うとなんだかドップリという感じではまり込んで
しまっていましたね~。
サケのウキルアー釣りなんてへんてこな釣りもあるし・・・。
釣って美味しい魚ばかりだし。
今回は2回に渡って、釣りとの出会いを記事にしました。
機会があればまたエントリーします。
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皆さんは始めて釣りをした時の事を
覚えているだろうか。
今回は私と釣りとの出会いを書いてみたいと思います。
【うじ虫を探せ】
最初に自分で竿を買ったのは小学5年生だったろうか。
家の目の前が釣具店であったのでおこづかいで買った記憶
がある。
(その時買った竿がどんなものだったか忘れてしまっている)
当時、子供達の遊びといえばかくれんぼや缶けり。
そして港街らしく『釣り』であった。
何を釣っていたか・・・今思えば『ウグイ』『チカ』
が子供達の遊び相手であることは明白だが、当時は
釣れる魚を総称して『さかな』であった。
現在のように下水道が整備されているわけでもなく
当たり前のように『汲み取り式便所』があった時代で
さらに、ゴミも生ゴミから何から外のゴミ溜めに積んでいる
という時代。
釣りをするにはエサが必要だが、子供達はまずゴミあさりから
始めるのである。
生ゴミから発生する『うじ虫』が当時の我々のエサである。
(今はサシと言う名前で呼ばれている)
今考えるとかなり衛生的によろしくない環境であったが
これがまたバカスカじゃんじゃん釣れちゃうのであった。
【キャッチ&リリース】
ウグイだろうがチカだろうが、釣れる魚は釣れる。
ところが釣れるからそれを食べるという意識は全くなかった。
今ではチカなどはスーパーに並ぶほど。
当時はそんなもの持って帰った日にゃ、お袋から大目玉を
食らったものだ。
当然、キャッチ&リリースである。
子供心にかわいそうという観念があったかどうかは覚えていない。
とにかく朝から夕方まで港で過ごすのが友達との憩いであった。
今の子供達も全く同じ。
(持っている道具は格段に進歩しているが)
好きなように釣っているのを見るとあの頃を思い出す。

美国漁港でのこどもたち
覚えているだろうか。
今回は私と釣りとの出会いを書いてみたいと思います。
【うじ虫を探せ】
最初に自分で竿を買ったのは小学5年生だったろうか。
家の目の前が釣具店であったのでおこづかいで買った記憶
がある。
(その時買った竿がどんなものだったか忘れてしまっている)
当時、子供達の遊びといえばかくれんぼや缶けり。
そして港街らしく『釣り』であった。
何を釣っていたか・・・今思えば『ウグイ』『チカ』
が子供達の遊び相手であることは明白だが、当時は
釣れる魚を総称して『さかな』であった。
現在のように下水道が整備されているわけでもなく
当たり前のように『汲み取り式便所』があった時代で
さらに、ゴミも生ゴミから何から外のゴミ溜めに積んでいる
という時代。
釣りをするにはエサが必要だが、子供達はまずゴミあさりから
始めるのである。
生ゴミから発生する『うじ虫』が当時の我々のエサである。
(今はサシと言う名前で呼ばれている)
今考えるとかなり衛生的によろしくない環境であったが
これがまたバカスカじゃんじゃん釣れちゃうのであった。
【キャッチ&リリース】
ウグイだろうがチカだろうが、釣れる魚は釣れる。
ところが釣れるからそれを食べるという意識は全くなかった。
今ではチカなどはスーパーに並ぶほど。
当時はそんなもの持って帰った日にゃ、お袋から大目玉を
食らったものだ。
当然、キャッチ&リリースである。
子供心にかわいそうという観念があったかどうかは覚えていない。
とにかく朝から夕方まで港で過ごすのが友達との憩いであった。
今の子供達も全く同じ。
(持っている道具は格段に進歩しているが)
好きなように釣っているのを見るとあの頃を思い出す。
美国漁港でのこどもたち

